不妊の検査について

不妊症のスクリーニング

⑤ 精液検査

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現在不妊症の原因の約4割は男性が関係しています。精液検査を行うと異常があるかどうかすぐにわかります。男性にとってこの検査は恥ずかしくてやりたくないという気持ちがある事は十分理解できます。ただ不妊の原因の4割も占めている検査を行わずには前には進めません。スクリーニングの早い段階での必須の検査と言えます。精液検査は男性不妊症の診断に不可欠で最も基本的な検査と言えます。正しい治療を行うためにはこの検査を正確に行う事が必要となります。
今回以下について順に説明したいと思います。

精液採取法

精液を採取する場所、禁欲期間、搬送方法は検査結果に大きな影響を与えます。正しい検査結果を得る事が適切な治療につながるため採取方法は非常に重要と言えます。

禁欲期間

WHOマニュアルによると禁欲期間は2日(48時間)以上7日以内とするとの記載があります。文献では「正常精液の場合禁欲期間が10日以内であれば運動率、濃度、奇形率は変動しないが、禁欲期間が11日を超えると運動率が低下し奇形率が上昇する」との報告があります。乏精子症の場合、「禁欲期間が1日の場合に最も良い運動率と低い奇形率が得られ、禁欲期間が4日を超えてくると奇形率が上昇する」との報告があります。

採取回数

採取は3か月以内に少なくても2回行います。2回の結果に大きな相違がある場合はさらに検査を行います。2回の場合はその平均値、3回以上の場合は中央値を採用します。精液所見の個人内変動に関する報告として特に精子濃度でその差が顕著になるとの報告があります。

採取場所

精液検査の場所にも考慮する必要があります。家庭(プライバシーが保たれる場所)で精液を採取した方がクリニックで精液を採取するより精液所見は良くなるという報告がありますが、その一方家庭で精液を採取した場合とクリニックで精液を採取した場合において精液所見に有意な際は認められないという報告もあります。

搬送方法

採取した精液は室温(25度程度)から36度以下で搬送します。20度以下、37度以上は精子の運動性に著しい影響を与えるため好ましくありません。1時間以内で持参できる場所で採取します。2時間を超える遠方の場合院内での採取を勧める方が好ましいです。

採取容器

以下の条件を満たすものが好ましいです。
清潔(不純物の混入を防ぐ)、口径が広い(容器外への漏出をなくす)、携帯性に優れている、透明(内容が見えた方が好ましい)、容器の材質が精子への影響のないもの。

採取方法

マスターベーションによる採取が原則。全量を採取します。通常のコンドームによる採取はコンドームの中に殺精子剤が含まれており、精子に影響を及ぼす可能性があるために避ける方が好ましいです。

精液検査の基準値

以下にWHOが提唱している精液検査の基準値を示します。

表1 精液検査の基準値
精液量2.0ml以上
pH7.2以上
精子濃度20×106/ml以上
総精子数40×106/ml以上
精子運動率運動精子数が50%以上、もしくは高速運動精子が25%以上
精子正常形態率15%以上
精子生存率75%以上
白血球数1×106/ml未満
表2 精液検査の表記法
正常精液表1の基準を満たすもの
乏精子症精子濃度20×106/ml未満
精子無力症運動率50%未満
奇形精子症形態正常精子15%未満
乏精子精子無力奇形精子症精子濃度、運動率、奇形率の全てが異常
無精子症精液中に精子が存在しない(遠心分離で確認)
無精液症精液が射出されない

精液所見に影響を与える因子

日常の習慣、嗜好、食生活が精液所見に影響を与えています。

年齢

年齢が上がると精子濃度は変わらないが、精液量の減少、運動率の低下、奇形率の上昇が認められるとの報告があります。

喫煙

成人の男性において喫煙により精子の質を低下させる可能性があるため、妊孕性を向上させるためには禁煙が好ましいです。喫煙と精液量、総精子数、運動率には負の相関が認められ、ヘビースモーカーでは非喫煙者より精子濃度は19%低下しています。

糖尿病

糖尿病により精液量の減少が起こり、精子の核DNAおよびミトコンドリアDNAの損傷レベルが上昇し、これらの異常が妊孕性を低下させる可能性があります。

肥満

肥満は精子濃度の低下、前進運動精子数の低下と相関するという報告があるが、影響は極めて軽微という報告もあります。

大豆製品

大豆製品と大豆に含まれるイソフラボンの摂取量の増加と精子濃度は負の相関を示します。大豆製品の摂取量が最も多いグループの男性においては、大豆製品を殆ど摂取しない男性と比べ精子濃度が4100万/mL減少するという結果が得られています。

アルコール

過度のアルコール摂取により精液所見が悪化する事があります。

ART適応の選択

精液所見を元にして今後の治療方針を決めていきます。精液検査の結果からタイミング法、人工授精、体外受精、顕微授精の適応について判断することになります。タイミング法で妊娠が可能な精子濃度は10×106/ml以上です。それ以下の場合は人工授精(AIH)の適応となりますが、AIHの有効性は精子濃度が5×106/ml以上かつ運動率が10%以上、または原精液の総運動精子数5×106/ml以上かつ運動率が30%以上となっています。それ以下の場合は体外受精(IVF)の適応となります。この場合に媒精できる条件として回収運動精子10×104/ml~50×104/ml以上となります。顕微授精の適応は総運動精子数1×106/ml以下、高度精子形態異常(Kruger strict criteria<4%)となっています。

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